帰国時の親との関係
by 無回答
from 無回答
2026-01-27 21:29:26 CA
どんな感じですか?
実家に滞在しますか?
親との時間を大切にしますか?
私の家は毒親で、それを理由に離れている訳ですけど、
流石に80代にもなると、今回が最後かも知れない・・・と思って、何と無く家にいる時間を増やした方が良い?
かと言って、家に居たからって、出てくる話はネガティブなモノばかり。
同じく毒親だった父ですが、それでも死んだら死んだで寂しいものがあります。
皆さん、例えば一月帰国したとしたら、どれ位実家に滞在しますか?
by 無回答
from 無回答 2026-01-28 10:49:18 CA
2です。
8を読んで思いました。
「魂胆」「騙されちゃいけない」などの表現が見られる第二段落から察するに、あなたは今でも親を敵のように考えていて、心に余裕がありません。
年取った親を相手にガチの状態です。
そのような状態で関わってもろくな事にならない気がします。
なので、そのような状態で親の家に泊まる理由は全くありません。
そんな目で見ないといけない親の家に泊まるなど、とっくに成人した大人のする事ではありません。しかも1か月も。
もし自分で宿を手配できないなら帰国しないほうが良いと思います。
厳しい事を書きましたが、これが私の本音です。
それぞれの家庭にそれぞれの問題があり、その度合いも当事者の傷つき具合もそれぞれなのは理解しますが、親について「この人はこういう人なんだな」と良い意味で精神的に突き放せるようになるまではあまり関わらないほうが良いと思います。下手に関わるとさらに怒りや溝が増すでしょう。
親の存命中にあなたの側にもっと余裕ができるといいのですが。
by 無回答
from 無回答 2026-01-28 13:10:08 CA
1です。
たしか親は80歳近くです。
数えるのもやめました。
26歳で家を出るまでは、親だからと我慢しました。
子供ができてからは、祖父母だからと我慢しました。
しかしある日、私はいつまで我慢するんだろう?と思ってしまったのです。
親が死ぬまで我慢したら、自分の人生の1/4しか自由に生きられない...
そう思ったとき、縁を切ることを決めました。
最後の希望を持って、今まで私が思っていたことを伝え、これからも変わらないならお付き合いはできないと言いました。
しかし、帰ってきたのはやはり残念な結果でした。
返事は返さず、そのまま音信不通になりました。
でもやるだけのことはやったし、最後の「もしかしたらわかってくれるかもしれない」という子供なら誰でも持つ希望を粉々に砕いてくれたことで、潔く縁を切ることができてよかったです。
迷っているのなら迷ったらいいと思います。
自分が納得いくまで考えないと後悔します。
by 無回答
from 無回答 2026-01-28 13:35:32 CA
両親、80代と90代、元気な毒親です。
日本里帰りは2週間ほどで、全泊ホテル滞在です。
10年くらい前からそうしています。
実家には毎日短時間顔を出しますが、いろいろ揉めないうちに2時間くらいで切り上げます。
外食に連れ出すことはありますが、実家で食事はしないです。食事時になってしまう時は、お寿司なりお弁当なりを買って行きます。
by まさに実家滞在中
from 無回答 2026-01-29 05:08:42 JP
いやー、本当に振り回されますよね。
ただいま実家です。
訳あって3ヶ月滞在しますが(これ確定)、もう10日目で色々言われてます。
覚悟はしてたんですけどね、甘かった、しんどいです。
朝のゴミだし、家やトイレ掃除、買い物、食後の後片付け、自分の洗濯物はもちろん自分で、、、それでも満足してくれない。
料理は作りたくても母が一日中台所を占領しているので無理、冷蔵庫もいっぱいなので作り置きもできない。
それでも料理を作れと言う無茶ぶり。
でも彼女の作った料理を食べないと機嫌がすこぶる悪くなる。
昔からこんな感じで、2年前に里帰りする前は10年以上実家に帰らなかった。
2年前は、2ヶ月滞在中4日 (連続でなく2週間ほどあけてトータル4日)しか実家にいなかった。
今回、私は私でやることがあるので(その為に里帰り)、四六時中、彼女の相手は出来ない。
しかし、それでも自分の用事は早めに切り上げて、愚痴言われるに先手打とうとしてるんですけどね。
そんな母、5日ほど前に車をぶつけました。
高齢者がよくやるアクセルとブレーキの踏み間違い。
幸い人身事故ではなく、自分が車を駐車する時に隣の車(人は乗っていない)にぶつけ、それで焦ってブレーキではなくアクセル踏んだ。
それでエアバック開いて胸を打ったけど、身体に異常はなし。
色んな人に迷惑かけたし、事故は自分のせいなのに、全く反省の色がない。
自分の胸が痛いことしか頭にない。
"高齢者だけじゃなくて若い人も事故する。私もぶつけられたし"と、意味の分からん言い訳。
全ての人に頭を下げ、保険会社や諸々に連絡したのは父。
ぶつけてしまった車の相手にもギフトカード持参で再び謝りに行ったのも父。
そんな父に対して、母からは"ありがとう"とか"ごめなさい"と言う言葉は一切ない。
新車は注文中で、来るのは4月頃。
"車がないと不便。買い物に行けない"と毎日愚痴っている、、、自分がぶつけたのに。
私が毎日買い物行ってるのに愚痴やまない。
あー、私も今思いっきりここで愚痴ってる💦
私もどこか家を借りようかと思っているのですが、このままだと愚痴攻撃が父に集中して可哀想だし、胸痛いと言ってる母置いて出ていくと、更に愚痴爆笑して兄妹にも飛び火しそうだしで、、、実家に留まるしかないと思ってます。
あ、とぴ少しズレてしまったかも、、、それに思いっきり長くなってしまってごめんなさいm(._.)m
by 無回答
from バンクーバー 2026-01-29 07:06:21 CA
親との関係は悪くないわけではないけれど、アパートで狭い、
以前泊まらせてもらいましたが、お互い気を使うし、肩身も狭い、居心地あまりよくないし、歳を重ねるごとに愚痴がやはり多いので、せっかくの帰省なのにこちらも気が滅入ってきました。
それからは家族でairbnbかビジネスホテルに変わりました。お金はかかるけど本当に気楽で、ぶつかり合わなくていいです。
最初からこうすればよかったって思うくらいです。ちょっとくらい泊まればと言ってくれるけどやんわり断っています。
静かな二人の生活にいきなり子連れファミリーきたら、それはたぶん数日ならいいけれど、生活ペースは乱れるし、かなりストレス溜まるだろうなってことはわかるので、お互いのためによかったと思います。
by 無回答
from 無回答 2026-01-29 07:53:16 CA
14さん、
私も実家滞在数日を超えると、まさにそうなります。
事故の件も、数年前まったく同じでした。
ウチの母の場合は、車を買い替える前にディーラーが代車を貸してくれたのですが、年齢的に新しいことに適応が難しいようで試乗中に再び事故を起こしそうになったので運転をやめさせました。地域的に車がないと不便極まりないのですが…
by 無回答
from 無回答 2026-01-29 08:03:48 US
うちはコロナ前からホテル泊まりで帰国も知らせてません。
実家に止まってる時は
「あの人はあーだから」「あんたはこうだからだめだ・・」など、こちらが口を開く前から自分の意見を先に言ってのける。
1人でずっと愚痴をぶつける形で喋ってる状態です。母親
父親は無視。
何十年も前から夫婦の会話という会話はしてないとお思います。
これって毒ですよね?
by 無回答
from 無回答 2026-01-29 11:20:47 US
↑
これが毒だか毒でないかを決めるのはあなたなので、あなたが毒だと思うのならあなたにとって毒なのでは?
by 無回答
from 無回答 2026-01-29 11:40:47 CA
人はなぜ年を取ると愚痴っぽくなるのでしょう?
新しい希望や体の自由がなくなってくるとそれにつられて心が暗く固くなるのでしょうか?
そしてそれは男女ともに同じなのでしょうか?
明日は我が身、かも。
by 無回答
from 無回答 2026-01-29 11:57:18 US
>人はなぜ年を取ると愚痴っぽくなるのでしょう?
AIに聞いてみました!
1. 脳の「ブレーキ」機能の低下
脳の前頭葉という部分は、感情をコントロールしたり、理性を保ったりする役割を担っています。
抑制が効かなくなる: 加齢とともに前頭葉の機能が少しずつ衰えると、「これを言ったら相手がどう思うか」というブレーキが甘くなります。
感情のストレート化: 若い頃なら飲み込めた不満が、そのまま口から出やすくなってしまうのです。
2. 「現状への不安」と「変化」への抵抗
年を取ることは、多くの「喪失」と向き合う過程でもあります。
健康・役割の喪失: 体力の衰え、定年退職による社会的な役割の喪失など、思い通りにいかないことが増えます。
防衛本能: 変化を受け入れるのが難しくなるため、自分のやり方や過去の栄光に固執し、それが通じない現代や周囲に対して不満が募りやすくなります。
3. 承認欲求とコミュニケーションの枯渇
人は誰しも「自分の存在を認めてほしい」という欲求を持っています。
寂しさの裏返し: 社会的なつながりが減ると、愚痴を言うことで「自分は大変なんだ」「頑張っているんだ」と周囲の関心を引こうとすることがあります。
話題の不足: 新しいインプットが減ると、身近な不満や体調の変化くらいしか話すネタがなくなってしまうという切ない事情もあります。
4. 蓄積された「正解」の押し付け
長年培ってきた経験は素晴らしいものですが、それが「自分の中の絶対的な正解」に変わってしまうことがあります。
期待とのギャップ: 「普通はこうするべきだ」という基準が強固になるため、そこから外れる若い世代や世の中の動きが許せず、それが愚痴や説教となって溢れ出します。


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