私のシェアハウスに、S子ちゃんが引っ越して来た。トロントに来たばかりの彼女は私になついて、一緒に食事を作って一緒に食べたりする仲になった。
私は彼女のことがとても気になっていたが、予定通り東部に旅行することにした。彼女はとても淋しがって、バスディーポまで見送りについて来た。家を出るのが遅れたので「バスに乗れないかも知れない」と言うと、彼女が「乗れなかったらどうする?」と何度もきくので、私は「乗れなかったら、S子ちゃんをデートに誘おうかな?・・・」なんて言った。バスはぎりぎり間に合った。彼女が「本当に行っちゃうの?」と言うので、私は「S子ちゃん、帰ったら一緒にカサ・ロマに行こうね」と言って、バスに飛び乗った。窓の外で彼女が何か言うのが見えたが、聞こえない。私は窓の中から「S子ちゃん、大好きだよ!元気でね!」と言って手を振った。
10日ほど後に家に帰って、私は彼女と約束通りカサ・ロマに行った。家に戻ってから、彼女が尋ねた。
「Kojiさん、あのときバスの中で何て言ったの?」
「S子ちゃん、大好きだよ、って言ったんだ」
「私ね、お別れのキスくらいしてもいいじゃない!って言ったの」
私は彼女に口付けした。
* * * * *
「ふれいざー」で執筆していた私は、カサ・ロマの前でたたずむ彼女の写真を1993年12月号に掲載した。二人だけにしかわからない、入口前に小さく写るカウチンセーターの人である(私のホームページ
http://bluejays.hoops.livedoor.com/の第3章で見られます)。その彼女も別の男性と結婚し、今は思い出と写真だけが残っている。
──男と女の愛の証が、誰にも顧みられることなく、しかし確実に今も残っている・・・