韓国の識者からメールが寄せられた。「韓国の中国傾斜には歯止めがかかる」との意見だ。さっそく話を聞いた。以下は、匿名を強く希望する、このA氏との会話である。
A:鈴置さんの日経ビジネスオンラインの記事を毎回読んでいます。「韓国が中国にどんどん引き寄せられる」との視点で書かれた一連の記事はとても面白い。実際にその通りですし、にもかかわらず、韓国の新聞はこれほどはっきりと書かないからです。
ただ、ソウルの空気の微妙な変化にも留意すべきと思います。6月末の訪中時に朴槿恵大統領は大歓迎されました。それを見て韓国人は有頂天になりました。でも時間がたつにつれ、朴槿恵政権の対中傾斜に「ちょっと待てよ」というムードが生まれたのです。まず、朴槿恵政権と距離を置く東亜日報が、過度の対中接近を警戒する記事をいくつか載せました。
鈴置:代表的な記事が7月1日付の、北京特派員の書いたコラム「韓中関係は易交難深――交わりを始めるのは簡単だが深めるのは難しい」ですね。
「韓中首脳会談で我が国は中国の掌の上に乗ってしまったのではないか」との懸念の表明でした。ほかの新聞が「朴槿恵訪中で韓中関係は蜜月時代に入った。北朝鮮を封じ込めた」と“提灯行列状態”なのに比べ、冷静な書きっぷりが印象に残りました。この記事が問題にしたのは、両首脳の共同記者会見で朴槿恵大統領が語った「朝鮮半島の非核化」です。韓国政府はこの文言を「韓中両国が北朝鮮に対する核兵器の放棄要求で合意した」との意味と説明し、誇りました。
しかし、この記事は「これにより、米国の核の傘からの離脱を韓国が約束したことにもなりかねない」と鋭く指摘したのです。参考になりました。ムードに流されずちゃんと書いているな、と思ったのが「我々が信頼を語っている時に、中国は冷静に利己的に国益を計算しているかもしれない」と激しく警鐘を鳴らした部分です。
A:この記事は多くの韓国人の不安を代弁しています。東亜日報は前の李明博大統領と極めて近かった反動もあり、現政権に批判的です。
鈴置:韓国メディアは5月の米韓首脳会談と合わせ「朴槿恵外交は大成功だ。米中双方といい関係を築きくことで状況をコントロールできるようになった」というノリで書いています。ミサイル防衛(MD)などを巡り米国との間にも相当な齟齬をきたしました。韓国の米中天秤外交に関しては当然、米国も苦々しく見ていると思うのですが……。
A:米国も、韓国の中国傾斜には懸念を深めています。本当にさりげなくですが、東亜日報はコラムでそれを指摘しています。まだ、ほかの保守系紙は政権に遠慮して、中国傾斜への批判や米国の懸念を明確には書きませんが。
鈴置:政権に対する遠慮だけでしょうか。
A:もちろん中国に対する遠慮もあります。鈴置さんも、ご著書『中国に立ち向かう日本、付き従う韓国』の中で指摘しておられますが、韓国に反日や反米はあっても反中デモはありません。日本に対してはあれほどしつこく謝罪を要求するというのに、中国には朝鮮戦争参戦への謝罪を一切求めません。ここにも韓国人の中国に対する事大主義が現れています。
鈴置:韓国になり代わって弁解しますと(笑い)、韓国は一度だけ要求しています。政府ではなくメディアですが。
中韓国交正常化に伴い、初代の駐韓中国大使がソウルに赴任した1992年です。初の会見で韓国メディアの記者が「参戦責任」を問うたことがありました。この時、中国大使に「この戦争でまず米軍を引き込んだのは、お前らの方だろうが」と一喝されてしまい、以降、こうした要求はタブーになったようです。
A:韓国人は中国が怖いのです。だから、最近の急速な対中傾斜にも不安を抱くのです。7月上旬のサンフランシスコでのアシアナ航空の事故を報じた韓国のテレビのキャスターが「死亡したのは中国人2人でした。私たちとしては幸いでした」と述べ、問題になりました。あれは失言というよりも本音だったと思います。背景には中国人への反感があり、その奥底には対中恐怖感があるのです。
(続く)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20130716/251115/?rt=nocnt
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20130716/251115/?P=2