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No.5042
太平洋戦争における日本の責任と役割(少し長いです。)
by 無回答 from バンクーバー 2008/04/03 15:41:34

以前、カナダにいると他のアジア人からだけではなく、カナダ人とくに白人からも、日本の太平洋戦争における責任、役割について批判されたり、意見されたりすることがある、というような内容のトピが何回かあったと思います。過去ログで検索しましたが、うまく出てきませんでしたので、新たにトピをあげさせていただきます。

カナダ、アメリカでは、一般的に日本がアジア各国に侵略戦争をし、領土を拡大しようとしていたのを、連合軍が経済制裁と言う形で食い止めようとしたものの、真珠湾の奇襲によって、日本が一方的に開戦した。日本の政府が侵略者と言う風に解釈している人が多いと思います。

カナダにいる日本人として、自分の生まれた国の歴史をよく知らないことは、大変恥ずかしいことなのですが、正直なところ受験勉強で日本の近代史は駆け足で習った程度で、上記のような意見に対してどのように答えていいのかわかりません。

でも、歴史というのは、特に戦争の歴史というものは、勝者によって書かれる事が往々にしてあります。日本が真珠湾を奇襲攻撃したこと、アジアの各国を大東亜共栄圏という理念のもとで、侵略したことも事実です。でも、連合軍がアジア各国の自治、デモクラシーを守るため正しい事をして、日本が自国の利益、権力拡大のためだけに、無防備なアジア諸国を侵略していった、連合国が良い国で日本が悪い国というような、単純な戦争だったのではなかったと思います。 

だだ悲しき事に恥ずかしい事に、私の知識のなさでは、満足な意見も言えず、ここでもっと公平で正確な太平洋戦争についての、日本の責任、役割についての事実、情報について知りたいと思い、トピを立てさせていただきました。過去の間違いを二度と繰り返さないするためには、可能な限り何が起こったかを知る事は大切だと思います。つきましたは、極端な右寄り左寄りの妄信、や差別、偏見に基づいた意見はお控えください。

Res.1 by Ko from バンクーバー 2008/04/04 12:45:14

恥ずかしいも何も、ここに居る全ての人が一切、日本の教育の中で戦時中の事実を学んでないんですから、しょうがないでしょう。

史実は目の玉がひっくり返るようなモノで、現代の日本人には厳しいモノだと思います。

しかし戦争は、あの時代に自然と起こってしまったもの。
または大きな流れは誰一人として止められなかったのかも、と受け止めて次に進むべきでしょう。

日本は戦後アメリカの支配下にあると言って過言ではありませんが、その国は全くアジア圏内に在るのですから、まずは近隣の国との軋轢をなくす事に全力を注いで欲しいものです。
必要なら世界に対して「アレは間違いだった」と声明を出していいと思います。これによって困るのは未だ右翼だ・左翼だとビジネスをしている人間達と、その利権に絡んだ人間達ですから。

 
Res.2 by 無回答 from 無回答 2008/04/04 13:23:24

開戦を引き起こした原因はあまりにも多すぎてはっきりとこれだと言い切れるものはないと思います。
自分は日本が開戦した主な理由はアメリカによる経済制裁にあると思います。
当時日本を恐れたアメリカには軍縮会議で対等の軍備を認められず、人種差別禁止法は反対され、対日移民法でも差別され、最後には石油禁輸法までかせられました。
何故アメリカにここまでやられなければいけないのか。
これらが日本、そして日本の国民へ戦争を仕掛けてると思わせても仕方がないかと思います。だから日本国民は戦争を支持して開戦へと向かったのかと思います。
そして日本は敗戦しました。
しかい敗者は勝者よりもより多くの事を学べます。
ですから敗戦したドイツと日本が今では「世界に良い影響」を与えてる国の上位ランクと言われるほどに成長しています。
逆に勝利国のアメリカは肥え太って荒れ放題です。
同じく勝利国のソビエト連邦は崩壊しました。

もっとも今の日本が良い国かどうかには賛同しかねますがね。

何故未だに戦争責任など問われるのか・・・
それはたぶん戦後、日本だけが「負け太った」からです。  
Res.3 by 無回答 from 無回答 2008/04/04 16:51:19

あの当時何が正しかったかとは、誰にも答えられないんじゃないでしょうか。

日本がアジア諸国を植民地化していたことは決して誇れることではないけれど、かといってアメリカがそれらの国々を救おうとした正義のヒーローでないことだけは確かです。
かの国は、いつでも自国の利権のためにしか動きませんよね。
現在を見ていても...

先日、tvジャパンで”海峡”というドラマを放映していました。
日本の敗戦後、朝鮮は独立の喜びも束の間、結局はアメリカとソビエトの覇権争いの犠牲になっていく...そして、朝鮮半島は分断。

日本は、”目の上のたんこぶ”だったんでしょうね。
アメリカ、イギリス、ソビエトなどの大国から見たら...  
Res.4 by 無回答 from 無回答 2008/04/04 21:51:55

中学生の時の社会の先生が分かりやすく教えてくださいました。
日本からの視点で考えると、太平洋戦争について語るには織田信長まで遡ってしまいます。

日本は戦国時代。ヨーロッパでは大航海時代。
カトリック、それに伴いスペイン、ポルトガルなどが勢力拡大に勤しんでいた頃。
日本に火縄銃、キリスト教が伝来。
これに目をつけたのが織田信長。天下統一のためにヨーロッパとの交易を重視した。
その後、豊臣秀吉、徳川家、とトップは変わりますが、
天下を統一してしまった後は自分たちの力を保持するためにはキリスト教は危険だった。
そして日本は鎖国時代に入ります。
そうしているうち、海の向こうでは蒸気船が作られるようになり、
船が長い期間航海をするようになった。
長い航海には燃料、食料などの補給が必要。
日本の開国が必要だった。
200年近く鎖国していた日本はあまりの差に驚いた。
開国に際して、日本は不平等な条約を押し付けられた。
しかし、不平等なものを平等にするためには「富国強兵」が必要だと知った。
近代国家になるために、世界中から技術者を呼び、「富国強兵」に向けて突っ走った。
中国やロシアに戦争を吹っかけた。
植民地獲得のために台湾、朝鮮などに侵略していった。

といった感じでした。

だからと言って、「仕方なかった」で済ませるべきではありませんが、
戦勝国がアジアの国のために戦った、なんて思いません。
どこの国も自国の、というより自分たちのことしか考えていなかったから戦争になったのだと思います。
戦争をする国に「良い国」などあるのでしょうか。
アメリカがイラクと戦争を始めたのは、イラク国民のため?
これを信じている人は少ないのではないでしょうか。
だいたい、武力に頼ることしかできないのはとても野蛮だと思います。
暴力は暴力しか生まない。






 
Res.5 by おばちゃん from 無回答 2008/04/04 22:20:49

私も外国人の友人と(カナダ人に限らず)このことについて話すことがありますが、お互いの教育による認識の違いを毎回感じます。
どこの国もそれぞれ歴史教育の中で自国を中心とした教育を施すものなので、その差がなかなか埋まらないもどかしさはありますが、立場の違いを越えて理解しあえる友人たちもいます。

真珠湾が奇襲かどうかは意見の分かれるところですが、結果的に表面上そういうことになってますよね。日本外務省の手違いと遅延が決め手になりましたが、アメリカ側は電文の内容を事前に知っていたという説もあります。いろいろ調べましたが信憑性が高いと思います。

戦争責任については、サンフランシスコ条約できっちり終わっているはず。東京裁判、横浜裁判、さらに東南アジアの数カ国で日本人が裁かれています。いまだに引きずっているのは、現在の政府の弱腰からきていると思うんですが...

私は歴史に興味があるので、いろいろ読みあさっていますが、学校では習わなかった新たな発見があり面白いですよ。

あの戦争に関しては色々な本が出版されていますので、お読みになってとぴ主さん御自身で意見を持たれるといいと思います。同じ日本人でも様々な考え方がありますし。
ただ歴史の年表でこの年はこういうことがあった、というだけでは理解できないと思いますよ。

 
Res.6 by 無回答 from 無回答 2008/04/04 22:56:34

Res5さん、宜しければどんな本がお勧めか少し挙げて頂けませんか?勉強したいのです。  
Res.7 by おばちゃん from 無回答 2008/04/04 23:43:14

レス6さんへ。

カナダに持ってきた本しか手元にないのですが、

全体のまとめ
*あの戦争は何だったのか       保阪正康
*昭和史の謎を追う          秦郁彦
*ドキュメント太平洋戦争への道    半藤一利

兵士の記録
*私は玉砕しなかった         横田正平
*九軍神は語らず           牛島秀彦
*真珠湾の不時着機          牛島秀彦
*カウラの突撃ラッパ         中野不二男
*特攻基地知覧            高木俊朗
*ミッドウェイ            森村誠一

一般人の記録
*少年H               妹尾河童
  <TV化されました>

戦後補償問題
*戦勝国イギリスへ 日本の言い分   マークス寿子
*償いは済んでいる          上坂冬子


*日本のいちばん長い日        半藤一利 
  <映画化されました>
*朝鮮王朝最後の皇太子妃       本田節子
  <日本人華族の話です>
*日本の古都はなぜ空襲を免れたか   吉田守男
*「文藝春秋」にみる昭和史       文藝春秋編
  <当時の雰囲気がわかります>  

とりあえず、こんな感じでしょうか。
趣味が入るので偏っているかもしれませんが、あとは日本に置きっぱなしで、南京や石井部隊関係の本もあるんですがタイトルを思い出せません。 

少しでもお役に立てれば嬉しいです。  
Res.8 by 戦争を知るとお金になりますよw from バンクーバー 2008/04/05 13:18:54

何故って戦争をするには膨大なお金(軍資金)が必要だからです。
又、人間と争いは切っても切り離せない関係で、ここにビジネスが成立するのは必然とも言えます。

実は第二次世界大戦開戦時、太平洋戦争の主人公ともいえる日本の相手アメリカは蚊帳の外にいました。
元々ヨーロッパで勃発したこの戦争を、最初アメリカは手ぐすね引いて観てるしかなかったのです。
それは国として未だ新しかったアメリカの戦争は、常に「正義」の名の下になければいけなかったからで、決して侵略戦争であってはならなかった、と言えば分かりやすいでしょう。

彼らは考えました。
どうすれば事が上手く運ぶかを。
そこにひょっこり、ヨーロッパの戦線に参戦した日本の姿が目に留まったのです。
彼らは全力を尽くして日本と戦争、引いては第二次世界大戦に参入する作戦を練ったわけです。
本気wになると意外に事は早く動くもので、最強の諜報部を持つアメリカは多くの日本人スパイを大日本帝国軍の中枢に送り込んでいます。
大本営のトップ、山本五十六大将もその一人で真珠湾攻撃を命令した張本人でもあります。

今なお語られる真珠湾攻撃とはアメリカは十分に承知していた次第で、その証拠にその甚大と発表された被害は実は最小限に抑えられているんですよ。
多くの戦艦が焼失したと語られていますが、それらは全て老朽艦、肝心な空母は外海を調査中(とされている)でした。
又、第一次真珠湾空襲を行った日本軍機は、実は二度目の空襲が可能と判断、大本営に承諾を得ようとしています。
しかし、その返事は「帰還せよ」とのものでした。

山本五十六とは、日本の戦争の歴史をご存知の方なら誰でも知っている、日本の英雄です。
大戦以前の日露戦争では、当時最強と呼ばれたバルチック艦隊を打ち破り、策を張り巡らし、日本を勝利に導いています。(ソ連は負けたと思っていませんが)
彼は実は、大戦直前まで欧米各国を渡り歩いていて、その当時の人脈は記録にありません。
そして彼の死も謎めいたもので、その最後は戦闘機に乗り、アメリカ軍に打ち落とされたというもので遺体は見つかっていません。(アメリカでは保護認証プログラムというものがあるので、後はご想像にお任せします)

ざっと開戦の理由を紐解いてみました(真実はもっと信じられないから)が、日本は現在でもアメリカの支配下(日本で一番偉いのは米大統領とも言われています)、言い方を変えれば戦後60年間賠償金を払い続けているのです。

戦争はお金になるんですよv@。@v








 
Res.9 by おばちゃん from 無回答 2008/04/05 13:40:06

レス8さん、コメント面白く読ませていただきました。
確かに戦争はある一部の人達にとってお金になるビジネスですよね。

一つ質問なのですが、
>アメリカは多くの日本人スパイを大日本帝国軍の中枢に送り込んでいます。大本営のトップ、山本五十六大将もその一人

このソースを教えていただけないでしょうか。
山本五十六に関しては<アメリカ留学をし、列強の実力を知っていたため開戦に反対していた>というスタンスのものが一般に伝えられていると思います。
そうではない、またアメリカのスパイであったというレス8さんのコメントはとても興味深いです。
読んでみたいと思います。ぜひ教えて下さい。
よろしくお願いします。
 
Res.10 by H2 from ((-。-)y-゜゜゜   2008/04/14 21:17:35

映画のトラX3では来栖等の大使館員は、開戦の最後通牒を書記官?が指一本でぽこぽこタイプするのに時間がかかって遅れちった、、見たいになってるよねぇ?

当時、米国大使館に日本から派遣されてた人達がタイプ打てなかったとはどう考えても納得できない。どうせきっと彼らはフルブライトで米の大学とかに留学とかしてた筈やと思うねん・・そんな出来る人らが指一本で論文タイプしてたんかい!?

きっとハル国務長官は真珠湾攻撃の確実な報告が届くまで、大使を待合室で足止め食わせてたに違いない!

余談:来栖大使のワイフィーはアメリカ美人のグラマーはんで元タイピスト・・爆!!! しっかり秘書に手ー出しちょる!!!!


>その最後は戦闘機に乗り、アメリカ軍に打ち落とされたというもので遺体は見つかっていません。

う〜んでも、、、高高度からジャングルに火を噴きながら激突したので生還は不可能かと・・

確長官は慰安訪問の為に一式陸攻+冷戦で編隊移動中に、行程を解読していた米軍が送り込んだ多数の超高性能P-38ライトニング双胴戦闘機に待ち伏せされ、いとも簡単にパシンされたと記憶してますが、、、
で、その時護衛に付いていた冷戦隊の生き残り兵と、被弾したが生還した別の一式搭乗員や将校達は長官機の被弾、撃墜をハッキリと目撃していますが、、確か機体は大破やった筈。

でもどちらの一式に長官が乗っていたのかちゃんと把握してた米軍は怖い・・

いろんな噂を聞きましたが、、、長官は不時着後ジャングルをさまよった挙句に自決とか・・でもね。

余談ですが、護衛の冷戦隊で生き残った彼らは、精鋭部隊だったにもかかわらず、やーまん長官を守り抜けなかった為に責任を問われ、その後最前線に送られて連日休みも無く戦闘に出されて死を余儀なくされたとの事・・泣。ポンコツ冷戦で高速で大砲装備しとるP-38とどうやって戦えいうねん・・


でも日清・日露・日中開戦とも全部奇襲だったと記憶するが・・奇襲は日本のお家ゲイ・・藁  
Res.11 by う〜ん。 from バンクーバー 2008/04/14 22:18:09

あんまここで言いたくないけどさ、

『ジパング』って言われるのはカナヅルって事だったんじゃないのかな?なんか日本っていっつも大国の言いなりじゃん?支援金とかでも結局いろんな国に金払いまくりで。日本が世界の為に働いてるようなものじゃん。

お人好し国家。日本。操られて操られて操られる。
言葉の壁で実際世界になんも伝わってない。
伝わってるのは実際意味のないマンガのみ。

それを基準に考えると歴史が紐解けて来る気がしませんか?
全て誰かの想像通りにみたいな。  
Res.12 by Hiko pattison from 日本 2008/04/14 23:26:28

皆さん良く勉強なさっていて感心しております。
TVの報道特集で見たことぐらいしかわかりませんけど、
アメリカにも日本にも重要な意味がある硫黄島

今は自衛隊の基地があり、その滑走路の下には大勢
亡くなられた人たちが今も日本へ帰りたくても帰れず
眠っておられます。

それも戦争の終わりのころに派兵された人たちで軍人
とかでなく一般の市民、八百屋のおっちゃん、床屋の
おやじさんとかだそうです。

日本1万2千名、アメリカ約5千名が
なくなっておられますね。

関東の空襲をすこしでも伸ばしアメリカとの和平条約を
大本営に頼むと言って必死で栗林指揮官ほかあの島を
守ったのですが、肝心の日本では本土決戦だ!みたいに
なったようです。

あの島のすり鉢山(今のアメリカ大統領がすらばちやまと
言ってましたが)
の報道では実際にTVカメラが入っていましたが、水が当然
なくてドラム缶が洞窟のなかにあり、雨水をためていました。
でも地熱で70度もあり負傷兵の人が水が欲しいって言うから
上げようとしてもお湯になってしまい唇がただれたそうで、
冷まして与えたようです。

自衛隊の飛行機の隊員のひとで今でも着陸する時、その滑走路
の下には日本へ帰りたくても帰れずにいる人たちが眠っている
ので心が痛みますっておっしゃっていました。

なので、日本を必死でまもってくれた、おっちゃんたちが日本
へ帰れるよう、滑走路も別のところに移すとかして欲しいなと
思います。そうしたのは戦後の日本の役割じゃないのでしょうか?

難しいこと、私わかりませんけど。。
 
Res.13 by おばちゃん from 無回答 2008/04/15 05:35:23

>映画のトラX3では来栖等の大使館員は、開戦の最後通牒を書記官?が指一本でぽこぽこタイプするのに時間がかかって遅れちった、、見たいになってるよねぇ?

>当時、米国大使館に日本から派遣されてた人達がタイプ打てなかったとはどう考えても納得できない。どうせきっと彼らはフルブライトで米の大学とかに留学とかしてた筈やと思うねん・・そんな出来る人らが指一本で論文タイプしてたんかい!?

フルブライトは戦後の留学制度だったと思います。

あの当時の日本大使館の手落ちについては今も謎で肝心な点がわからないけれど、通常、実際のタイプはアメリカ人のタイピストに任せっきりだったのに、彼女らが急に辞めちゃったし電文がコンフィデンシャルだったんでタイプの下手な人が一人でタイプしたみたいです。
その人たしか戦後けっこうエライ地位までついたと読みました。外務省の身内かばいって昔からだったんだなーと思った覚えがあります。
電文の重要性を知らなかった、週末で人がいなかった、タイミング悪く誰かの送別会があったってのが外務省側の言い訳だった。

>それも戦争の終わりのころに派兵された人たちで軍人
とかでなく一般の市民、八百屋のおっちゃん、床屋の
おやじさんとかだそうです。

赤紙一枚で徴兵されましたからねー。ただあの当時の日本は皆兵制をとってたから20才だか21才だかになると一度軍に入って3年くらいの訓練は積んでたはず。何も知らない人をいきなり戦地に連れてったわけではない筈ですよ。
うちのじいちゃんも3回召集されました。無事で終戦迎えたけど、ある時敵の弾丸にヘルメット飛ばされたとかで、頭に傷跡がありました。






 
Res.14 by 国士無双 from 故郷は偉大で高貴なる日本 2008/06/22 03:58:28

日本とアメリカは1853年ペリーの来日により、国交が始まりました。翌54年日米和親条約を締結し、日本は開国しました。1905年日露戦争の終結に当たっては、仲介の労を執ってくれました。その頃までは特段の問題もなく、友好的に歴史は推移していました。その後次のような問題が出て来、次第に対立が表面化しました。

1.アメリカの西進

アメリカは19世紀後半西海岸まで国土を広げました。又1865年南北戦争終了後、急激に工業化が進みました。1898年ハワイを正式に併合、フィリピンをスペインから獲得しました。更に中国市場に進出しました。一方日本は1905年日露戦争に勝ち、更に1931年満州を独立させ、実質的な支配下に収め、中国市場に大きく影響力を持つことになりました。この両新鋭国の激突が大東亜戦争の根本原因だとする説が有力です。

しかしアメリカは1934年、フィリピンの独立法を制定し、1946年に独立させることを約束しています。これは経済摩擦、移民の自由化による労働摩擦によるものであり、フィリピンを植民地にしておくことが利益にならないことを悟ったからです。又アメリカは1922年「中国に関する9カ国条約」で関係各国の租借地を中国に返還させています。イギリスは香港を除き、チベット、威海衛等、フランスは広西省等の租借地を返還しました。日本もドイツから引き継いだ山東省の租借地を返還しました。

従ってアメリカには中国の中に植民地を作る野望はなく、ただ投資や貿易について、機会均等・交易条件の平等を要求していただけだと思います。満州事変以降、満州は勿論、北支でも圧倒的に日本の支配力が強まりました。その事が米支貿易にも影響したであろう事がアメリカの反日感情を煽った事は理解できます。しかし貿易高で見ると日本の方が中国より遙かに多かったのです。経済問題だけで日米戦争に発展するとは思えません。

アメリカの外交の歴史を見ると、経済問題が大きく出るときと、人権問題が大きく出るときがあります。大東亜戦争の原因について、中国市場の覇権争いと言う説が主流かと思いますが、私は人権問題が大きかったように思います。


2.満州の鉄道をめぐる問題

アメリカの鉄道王ハリマンは、1905年日露戦争終了後、ポーツマス講和会議中に来日し、満鉄を日米共同経営とする案を提示し、桂首相と予備調印して帰国しました。入れ違いで帰国した小村外相はこの案に強硬に反対し、この予備契約を破棄させました。 その後ハリマンはロシアの経営する東清鉄道(満州を横断し、シベリア鉄道に接続、ウラジオストックへの距離を大幅に短縮する鉄道)買収を計画しましたが、失敗しています。 このハリマンとの契約解除が、日米関係悪化の始まりという意見を述べる人が沢山います。

しかしアメリカでは昭和の初め、自動車の発達により、鉄道の経営は悪化しています。フィリピンでもセブ島の鉄道は廃線となり、ルソン島の鉄道も一時破産管財人により、細々と経営される事態になっています。大東亜戦争が始まった時点で、アメリカが鉄道をどの様に評価していたか、疑問も感じます。

ただハリマンの近親者と思われるアバレル・ハリマン(鉄道会社ユニオン・パシフィック会長)が、ルーズベルトの個人的知己を得ていたとのことにより、この問題が尾を引いていた可能性も感じられます。

いずれにせよ一つの棘になったことは否定できないと思います。


3.カリフォルニアにおける日本人移民排斥運動と人種差別の撤廃要求

1848年カリフォルニアに金鉱が発見され、アメリカ西部の開発が始まりました。それに伴い中国人の移民が始まったのです。日本人も1868年ハワイへの移民を皮切りに次第に増えました。それと共に人種摩擦が生じ、1882年に中国人移民排斥法が制定されました。日本人移民に対する排斥運動も1890年代に始まり次第に激化しました。

1905年日露戦争に勝利すると、欧米人の間に日本人に対する警戒心が出始めました。黄禍論と言われます。

1919年第一次世界大戦の講和会議がパリで開かれ、アメリカのウィルソン大統領は民族自決の原則を打ち出しました。又日本は民族差別の撤廃を主張しましたが、ウィルソンが「このような重要な問題は全会一致でなければならない」と言い、議長職権で否決しました。カリフォルニアで第2次排日土地法が制定されたのは、翌1920年です。日本人もアメリカでは被差別人種だったのです。


4.日米戦争論

1895年の日清戦争、1905年の日露戦争の日本の勝利、1898年のアメリカによるフィリピン領有は、中国の覇権をめぐる両国の警戒心を発生させました。1904年アメリカは日本を仮想敵国としたオレンジ計画を立てました。日本も1907年アメリカを第2仮想敵国とする帝国国防方針を立てました。

1913年ルーズベルト(大東亜戦争開戦時の大統領)は海軍次官補になっていますが、その年カリフォルニア州は日本人移民の農地所有の禁止令を出したことから、日本政府との摩擦が生じています。 その後も上述の日本人移民の排斥運動にリンクして、色々の人が日米戦争を論じました。日本人移民問題が激化した1920年代がピークとなりましたが、その後も中国問題をめぐり、日米戦争論は大東亜戦争まで続いたのです。


5.アメリカ人ジャーナリストとコミンテルンの暗躍

19世紀末から20世紀にかけ、貧富の差が拡大し、社会の矛盾が目立つようになりました。マルクスが共産党宣言を出したのは1848年です。この考えは貧富の差の拡大と共に次第に人の心をとらえ、1917年のロシア革命によりソヴィエト政府の成立に至りました。ソヴィエト連邦は全世界の共産化をめざし、1919年3月2日コミンテルンが結成されました。この年中国で始まった5.4運動はコミンテルンの指導によって始まったことは、ソ連側の文書により明らかになっています。

丁度この頃はウィルソンの民族自決主義に触発された朝鮮のキリスト教徒と、天道教徒が独立運動を引き起こしています。民族自決主義はヨーロッパのみを対象としたものであったことは、ウィルソンが民族差別撤廃に反対したことで明らかですが、朝鮮民衆、中国民衆は、朝鮮を併合した日本、中国に進出してくる日本にその標的を向けました。

又中国民衆の悲惨な生活を見たアメリカ人宣教師やジャーナリストは、共産党への幻想から次第にコミンテルン、中国共産党に近づき、彼らの宣伝機関となったのです。エドカー・スノー、ティルマン・ダーディン、アグネス・スメドレー等です。 特に山東省の宣教師の息子であるヘンリー・ルースの影響は多大でした。彼はタイム誌の創立者で、経営者です。1944年タイム誌はアメリカだけで116万部、週刊誌ライフは400万部を超え、1941年には5千万ドルの義捐金を集め、国民政府を支えたのです。

これだけ大きな犠牲を払って中国における利権を守ろうとしたアメリカは、戦争が終わるとすべての利権を失ったのです。ソ連との冷戦が始まりました。アメリカでは共産主義者の追放が始まりました。マッカーシー旋風と言われます。驚くべき事にルーズベルト政権の中枢に共産党のスパイがおり、ルーズベルトはすっかり共産党に操られていたことが判明したのです。その中心はハリー・デクスター・ホワイトとロークリン・カリーです。ホワイトはルーズベルトが最も信頼するモーゲンソー財務長官の片腕として、1941年に筆頭次官補、45年には次官まで昇進しました。カリーは中国問題担当の大統領特別補佐官です。

更にエレノア大統領夫人は共産党のシンパと言われています。更にルーズベルト本人の母方のデラノ家は香港を中心に阿片貿易で巨万の富を築いており、その縁で親中国でした。更に彼は田中メモリアルを信じていました。田中メモリアルとは田中義一首相が昭和天皇に上奏したと言われる「満蒙積極政策」で「将来中国制圧を欲するなら先ず米国を倒さねばならない」「世界を征服しようと思うなら先ず中国を征服しなければならない」と書かれていたと言われます。この文書は戦前・戦中を通じ、日本のアジア侵略の計画性を証拠づけるものとして盛んに引用されました。しかし今日では、この文書は中共により偽造されたものだというのが通説になっています。

更に日本でも近衛首相の有力なブレーンであった尾崎秀美が、ゾルゲ事件でソ連のスパイだったとして処刑されています。私は大東亜戦争の原因はコミンテルンの陰謀に、日米共にのせられたものだと思います。と共にアメリカが共産党について余りにも無知だったことが大きいと思います。

6.日独伊三国同盟

第一次世界大戦の後、戦後の混乱を終結するため、イタリアではムッソーニが、ドイツではヒトラーが政権を握り、独裁体制を作りあげました。彼らはクーデターで政権を握ったのではなく、選挙で選ばれ、民衆の支持を得て、合法的に独裁体制を築いたのです。民主主義は決定に時間がかかり、混乱を収拾するためには、独裁政治の方が適しているのです。

日本が満州事変を非難され、国際連盟を脱退したのが1933年です。この年ドイツでは1月にヒットラーが首相に任命されました。世界不況で激化する労働運動対策として、共産党・社会民主党を次々追放し、独裁体制を固めました。更に国際連盟に軍備保有権の平等を求めて拒否されました。それにより日本にならい、国際連盟を脱退しました。共に国際関係の孤立化を招いた両国間に協調を求めるムードが生じたのでした。

1935年第7回コミンテルン総会で人民戦線テーゼが採択され、国際的に連帯し共産革命を推進することが決議されました。この年イタリアがエチオピアに進出し、国際連盟と対立、翌36年エチオピアを併合しました。この36年ベルリンオリンピックが開催され、ドイツの急激な発展が目を引きました。そして共産党の脅威に対抗し、日独防共協定が締結されたのです。それと共にドイツとイタリアも連携を深め、37年日独伊の3国による防共協定が成立しました。この事はイギリス・フランス・アメリカの警戒心を呼び起こし、第2次世界大戦への道筋が出来上がったのです。

尚この時点では、ドイツ・イタリアは蒋介石軍に軍事援助していました。彼らが蒋介石支援を止めたのは、南京事変の直後です。日独伊三国防共協定が軍事同盟である三国同盟に発展したのが、ヨーロッパにおける第2次世界大戦が始まった翌年の40年です。この事が日米開戦の大きな誘因になったのです。


http://www.jiyuu-shikan.org/tokushu_f_1.html  
Res.15 by 花子 from 無回答 2008/06/22 05:00:32

トピさんへ、

日本の戦争が「侵略」であったか?「自存自衛」であったのか?
私は割りと簡単に「答え」を得たように思います。

世界史を学べば簡単ではないですか?
当時20世紀初頭、日本とタイランドを除いて、アジアの国々は存在していなかったのではないでしょうか?アジアは、英仏蘭露米独伊のような欧米列強国らの「奴隷」であり、凄まじい搾取をされていたはずです。

しかし、国力が弱ければ植民地&奴隷になることは、当時では常識であり、現在の常識など全く通じなかったのは、周知の事実です。当時の「弱肉強食の時代」と「現代の常識」とを比較する事は出来ないと思います。

この「弱肉強食の時代」に、欧米列強国らの魔手が日本にも伸びていると言うのに、むざむざと戦わず、奴隷&殖民地になろうとする阿呆はいないと思います。自国の全精力を傾けて戦うのは、常識中の常識だと思います。そうでなければ、日本もほとんどのアジアの国々と同じように、日の丸ではなく、“ヨーロピアンフラッグ”が立っていたのでは?

西洋列強国らが当時も植民地を持たず、日本にも無理矢理開国を強要せず、不平等条約を武力でもって押し付けたりせず、有色人種への酷い差別もなく、当時のアジアの国々も独立国として立派に暮らしていたという事実があったのであれば、まだ、カナダ人やアメリカ人の言うことにも信憑性があるでしょう。

しかし、事実はどうでしょう?西洋列強国らによる“何百年”にも渡る極悪非道なアジア侵略・植民地化。徹底した有色人種への差別。アフリカ人の奴隷売買等‥、どれをとっても、侵略国家は欧米列強国だったという事は、もう『紛れも無い真実』でしょう?これを違うと言い切れるのですか?

世界史を知れば、一体誰が『真の侵略国家』であったか、直ぐにでも理解出来るのではないでしょうか?

>>でも日清・日露・日中開戦とも全部奇襲だったと記憶するが・・奇襲は日本のお家ゲイ・・藁 <<

中国朝鮮で教育を受けられたのでしょうか?

 
Res.16 by H2 from なめねこ 2008/06/22 07:54:20

>バルチック艦隊を打ち破り、策を張り巡らし、日本を勝利に導い

たのは山本さんじゃなく東郷はんとか秋山って人だったんとちゃう?

>>でも日清・日露・日中開戦とも全部奇襲だったと記憶するが・・奇襲は日本のお家ゲイ・・藁 <<

>中国朝鮮で教育を受けられたのでしょうか?

物事を調べてからその淫猥なるお口を御開帳して頂きたいものである。
全部奇襲だったのは紛れもない事実である。

>私は割りと簡単に「答え」を得たように思います。

はあ、、、割と簡単に、ですか・・・
歴史を職業として専門に学んでいる多くの人達がその答えを出せずに悩みこけてきたってのに、おくさんはご単純明快でかしこ〜いお・か・た・ですな。

他の列強国もやったから、遅ればせながら日本のやったこと全ても正当化し、いとも簡単に歴史を改竄できてしまう、おばはん達右傾者は諸外国に日本に対して反感を抱かせ、周辺国家を疑心暗鬼にさせるばかりである。

たとえそれが自国に都合が悪い事であっても史実を直視できぬ者に歴史をぶつ資格なんぞ無い。

おばちゃんの歪曲癖からすると、新渡戸稲造先生程の偉大な方の事をも、井戸端でしたり顔でごくふつーに「宅のが申してたんですけど、あの開戦を止めようと走り回ってた新渡戸って人いたでしょう? 本当は在日だったんですって〜、前から胡散臭いとおもってたざます〜、いや〜ね〜、ひそひそ」

「い、いや、花子の奥様、稲造先生は平和を心から願い、外人に誤解されやすい日本人の心を伝えんが為に武士道って本まで書いた、真に日本を愛した偉いおかた・・きゃっ?」なんてちょっと真実を応えでもしようものなら髪の毛鷲づかみにして団地から村八分である。

「宅の子供はいい子です!いじめや万引きなんか絶対にしないざます!」ってエコひいきな馬鹿ママ面下げて、ヒステリックにいきり立ってる方がまだまだ無害でそのお口にお似合いである。

>この「弱肉強食の時代」に、欧米列強国らの魔手が日本にも伸びていると言うのに

あの時代に、どの欧米列強国らのどのような魔手が「日本の」どの部分にニュロ〜ンと伸びていたのか花子ちゃん自らの言葉で詳しく説明して頂きたいものだ。
 
Res.17 by 無回答 from 無回答 2008/06/22 08:12:00

H2って、相当な左巻きだねー。  
Res.18 by Ko from バンクーバー 2008/06/22 09:25:47

>歴史を職業として専門に学んでいる多くの人達がその答えを出せずに悩みこけてきたってのに、おくさんはご単純明快でかしこ〜いお・か・た・ですな。

深く入ってしまうと逆に見えにくくなる事があるって思いませんか、H2さん?
天邪鬼なのは分かりますが、この様なトピでわざわざ人の目を引く、ピエロみたいな事をしてると、あなた自身の株が落ちますよw  
Res.19 by H2 from ぺろねこ 2008/06/22 10:32:07

H2ペニ株はSuper Speculativeで、非常にボラタイルな銘柄でありましてIPO当時からずっこけておりますが。お金に余裕のある太っ腹3段以上の方々以外にはお勧めできかねます。偶〜に10for1/2スプリットなんておいしい事もあるにはあるのですが・・・

クラスの道化であり、王宮のフールでもあり、調子に乗ってすぐ王様のお怒りを買って首を刎ねられっぱなしと言う事実は素直に認めます。

>深く入ってしまうと逆に見えにくくなる事があるって思いませんか、H2さん?

そう言う場合はすぐにでも引っこ抜いてお相手の顔色を上目にうかがうのが良策かと・・

普段ならば専門家達をおコケにしまくるH2ですが、Koちゃんさんは井戸ドタ端主婦の方の新興歴史解釈の方を正論でゴマすりらんかぁ〜? それは詭弁以外の何物でもありませぬ。

勿論全ての主婦の方々がドアホだとは申すつもりは毛頭サラサラでございません。人の事をハーフ呼ばわりするThe主婦の事をズコズコさせて頂いたたまです。
 
Res.20 by 無回答 from 無回答 2008/06/22 14:53:31

>人の事をハーフ呼ばわりするThe主婦の事をズコズコさせて頂いたたまです。

え? ズコズコしてくれたの?
でも全然感じなかったよ。
H2、もしかして、君は極小? もしくはヘタクソ? (笑)

 
Res.21 by レス15 from 無回答 2008/06/22 15:45:39


>>たとえそれが自国に都合が悪い事であっても史実を直視できぬ者に歴史をぶつ資格なんぞ無い。

都合の悪い史実を隠蔽し直視できず、捏造し続けているのは、お宅の国(中国朝鮮)ではないでしょうか、H2さん?訳の分らない文章を並べたて、論点をずらし、論点を拡散し、相手の人格を罵倒するような行為は、まさに中韓人の得意技ですね。

当時、ほぼアジア・アフリカ全域を植民地化し、何百年間にも渡り搾取続けていた欧米列強国に、日本が狙われていたことは紛れも無い事実でしょう。当時、日本が戦っていなければ、日本の文化や歴史や伝統は消滅させられていました。自己を守る為に戦う事が、侵略だと言うのならば、全ての人々は、侵略者の前に頭を垂れて、家族が虐殺されていくのを黙認し、ただただ搾取されるがままになることが、良いとでも言うのでしょうか?

まず自国の歴史を顧みては如何ですか?朝鮮は自国の指導者達に300万人も殺され、酷い階級差別を受け搾取され、近代的な生活からはほど遠かったこと。以下に国士無双さんが、おっしゃっていた事を引用させてもらいますが、これらをみても、日本が朝鮮や中国に対して、西洋列強国のように、酷い搾取をしていたとは考えられません。酷い搾取を考えていたのであれば、中国や朝鮮にインフラ整備などをして「生活改善・向上」をさせるなど、時間とお金の無駄でしかありません。

>>私は統治者の民族がどうであれ、その統治期間に生活が楽になったかどうか、差別が改善されたか、自己実現の機会が増えたかどうか、その前後の時代との比較で評価すべきだと思っています。日本の統治により、産業革命が引き起こされ、工業の基盤が作られました。灌漑設備の整備、農業技術の改善により、面積当たりの収量は大幅に増加しました。朴正煕時代の急激な発展は、日本統治時代に基礎が作られ、日韓基本条約の締結により、日本との通商が始まったことによりもたらされたものです。又日本人と朝鮮人との差別という新しい問題が発生しましたが、両班と常民との差別がなくなり、奴婢は解放されたのです。又教育の普及により、努力すれば報いられる道が開けたのです。 <<

まさに正論だと思います。

 
Res.22 by (゜∀゜)(登録済) from バンクーバー 2008/06/23 03:47:56

>全然感じなかったよ。
>H2、もしかして、君は極小? もしくはヘタクソ? (笑)

ウケたwww  
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