No.2762
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落ち込んだとき、日本へ帰りたくなった時、野茂を思い出そう
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無回答
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無回答 2006/11/06 10:09:42
落ちこんだとき、野茂さんの存在を考えると元気になりますよ^^
野茂は日本を追い出されるようにして、近鉄を任意引退選手という扱いで放出された。そして、次のシーズン、日本球界だけでなく、アメリカ球界でも、野茂が大リーグで新人王になるとは誰一人思っていなかった。それほど、野茂の近鉄退団からドジャース入団の頃のバッシングは大きかった。
ぼくは大リーグに勝負をしにきたんです
−野茂:メジャー初登板ジャイアンツ戦後に感想を求められて
私は彼を自慢に思う。日本の人達も誇りに思って欲しい
−ラソーダ(ドジャース監督):野茂メジャー初勝利のときに
彼はすごい投手さ。どんなに凄いかって?観てたなら分かるだろ
−ボンズ(ジャイアンツ)
ボンズは野茂に打ち取られる度にバットやヘルメットを叩きつけて悔しがっていた。しかし、この日の最終打席に三振したときにはグラウンドに静かにバットを置いた。完敗を認めるしぐさであった。
野茂にはたまげたね
−ラソーダ監督:ロッキーズ戦。8回ノーアウト満塁のピンチを平然と切り抜けた野茂を評して
彼はラッキーではない。運はつくるものだ
−ラソーダ監督:野茂オールスター出場決定後のコメント
野茂を見たくて途中下車してしまいました
−新宿アルタ前でオールスター戦を観ていたサラリーマン
一球ごとに歓声が沸くのでリズムに乗れた
−野茂:レッズ戦で8勝目をあげる(96年8月)
もう、驚かない
−古田(ヤクルト捕手):ドジャース地区優勝後のコメント
野茂を送り出してくれた日本にもありがとうと言わなくちゃな
日本人はもっと野茂を誇りに思うべきだ
−ラソーダ監督:ドジャース地区優勝に野茂を称えて
メジャーを救ってくれてありがとう
−(ガント:レッズ):野茂が登板したプレーオフ3戦目。野茂敗戦でドジャース敗退が決まった試合後の記者会見の席で
名誉も金も関係なく、日本の野球界にきっぱり見切りをつけ、自分の可能性を試すために一人で大リーグへ乗り込んできたノモの男っぷりに脱帽する
−ボンズ
黙ってベンチからグラウンドを見つめる、あの真剣なまなざしが好きなんだ。彼こそは野球選手の模範であり、我々が考え、尊敬する本当の意味での日本人なんだよ- オマリー会長(野茂のどこが好きなんですかという質問に答えて)
やたらリップサービスをする選手が多い中、野茂は多くを語らない。野茂の表現方法は言葉ではなく、右腕なのだ。彼はアメリカ人が忘れかけていたタイプのヒーローである
− TIME誌95年7月25日号
何でも挑戦することです
−野茂:帰国記者会見時に若者へのメッセージとして
大リーグ史上最高ランクの快投だ
−ラッセル(ドジャース監督):97年ロッキーズ戦で絶対不可能といわれたノーヒットノーランを達成したときに
年俸はあとからついてくる
−野茂:僅か20万ドルでブリュワーズと契約したときに
また、メジャーで投げられて幸せです
ブリュワーズでメッツ解雇後、メジャー初登板
英雄伝説、また一つ
−朝日新聞見出し:野茂ノーヒットノーランを称えて
まだ出会ったことのないひとりひとりのファンのために諦めずに戦う
−野茂:1999年、ファンに向けてのメッセージ
野茂は人の作った道を歩かない。自らが足を踏み入れた荒地が道になる
−二宮清純:スポーツニッポン掲載のコラム
開幕投手を決めるのは私には簡単なことだったよ。野茂しかいなかった。
−タイガース、ガーナー監督(2000年、メジャーで日本人初の開幕投手になって)
アメリカの野球文化を感じました
−野茂:2001年オリオールズ戦で2度目のノーヒットノーラン達成。敵地での大声援に
もう殿堂入りだよ、野茂はまだ死なずだ。忘れてもらっては困ると訴えていた
−村上雅則氏。野茂2度目のノーヒットノーラン達成に
馬車馬のようにタフな性格だ
−レッドソックス、ウイリアムズ監督:逆境に強い野茂を評して
NOMO-mania is gone, but he is still a gamer ノモマニアは去った。でも、ノモは今でも戦っている
−USATODAY Baseball weekly Bob, Nightengale
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