北極でもオゾンホール発生か
今冬の異常低温に伴い発生した“美しい”雲の影響で、北極大気の保護オゾン層の多くが失われたことが新たな研究で明らかになった。オゾン濃度の低い気団が南下してニューヨークまで達するおそれがあり、皮膚癌の危険が高まることが懸念されるという。
地球全体を覆うオゾン層は成層圏の高度およそ20〜25キロに存在する。オゾン層は、太陽が放つ波長の短い紫外線の大半を遮り、皮膚の炎症や皮膚がんを防ぐ働きがある。
研究を率いた独アルフレッドウェゲナー極域海洋研究所(AWI)の物理学者マルクス・レックス氏は、北極上空高高度の低気温が継続していることから、すでにオゾン濃度が通常時の半分に低下している可能性があり、状態回復の見通しは立たないと話す。
北極圏内のオゾン監視装置30基から集めた予備的なデータから、今冬のオゾン濃度減少率がかつてないほど激しいことがわかるという。
同氏は、春が訪れる前に「北極で初のオゾンホールすら発生しかねない。オゾンホールが劇的に成長すれば、歴史の1ページになるかもしれない。結論づけるには早すぎるが、状況を見守る」と述べた。
オゾンホールとは、オゾン層の中で季節的に濃度が減少する部分で、南極大陸上空に存在することはよく知られている。
米コロラド州ボルダーにある国立大気研究センター(NCAR)の大気化学者シモーヌ・ティルメス氏も、AWIの研究には参加していないが同意見だ。「現時点ではオゾン層が薄くなりつつある段階であり、北極のオゾンホールがどの程度まで成長するのかは分からない」。
AWIのレックス氏は、全容を把握するにはコンピューターシミュレーションと衛星観測が必要であろうし、それによって「今年のオゾン減少に関する知見が得られる」だろうと述べている。
クロロフルオロカーボン(CFC)などのフロン類が、オゾン層を破壊する化学物質だと認識されたのは1980年代のことだ。フロン類は、スプレーの噴霧剤や冷蔵庫の冷媒として多用された。
そして1987年、モントリオール議定書の採択に伴い、フロン類などを削減し、オゾン層を破壊しない物質に置き換える取り組みが国際的に始まった。しかしフロン類は、今後何十年も成層圏に滞留し続ける。南極のオゾンホールも、数十年で縮小する見通しとはいえまだ存在する。
フロン類が成層圏に入ると、太陽光で分解して活性の高い塩素原子が生じ、オゾン分子を破壊する。レックス氏によると、オゾン破壊のプロセスは、低温によって極成層圏雲を通じて進行が早まる。真珠母雲とも呼ばれ美しい色彩を見せる極成層圏雲は、形成の過程についてはまだよく分かっていないが、成層圏の気温が摂氏マイナス78度を下回ると発生する現象だという。
極成層圏雲には、不活性な塩素生成物が溜まる。雲の表層では、塩素生成物が互いに反応し、活性の高い塩素原子を放出してオゾン分子を分解する。
NCARのティルメス氏によれば、極の上空にできる気流の大きな渦である「極渦」が気温の上昇によって消えるとともに、オゾン破壊のプロセスはすぐに止まるという。
北極では冬になると極渦が発生する。北極の極渦は1500万平方キロ(ドイツ国土の40倍)にもおよぶ寒気団だ。高高度における強い寒気は偶然の現象ではないとAWIのレックス氏は話す。「北極の冬が寒冷化する長期的な傾向が続いている」。そして地球全体の温暖化が、北極の冬季寒冷化傾向を促進している可能性があるという。つまり、温室効果ガスが大気の低層に熱を留め、高高度では寒冷化が進むという仕組みだ。
もちろん、「このように単純化した説明よりも現象は複雑で」、温室効果ガスが高高度の気温に影響を与える経路はいくつもあり得るとレックス氏は付け加えた。
紫外線量の急上昇は、いかなるものであれ北極の生態系と人間の健康に影響しかねないとレックス氏は指摘する。たとえば日射が増えることによって、海洋性藻類の一部は成長が遅くなり、より大きな生物の食物が減るといったように、影響は食物連鎖に及ぶ。
さらにレックス氏によれば、もっと深刻なのは北極の極渦によって、オゾンの薄い大気が人口の多い地域へ南下しかねない点だという。低オゾンの気団が、自然な大気擾乱によって北緯40度から45度の地域まで南下することはよくあるとレックス氏は説明する。低オゾン気団の南下は、イタリア北部やニューヨーク、あるいはサンフランシスコまで到達する可能性があるという。
そしてNCARのティルメス氏は、極渦の急変動が4月まで続くだろうと指摘した。ちょうど人の屋外での活動が長くなり始める時期だ。「伝えるべきことは、今年は春にオゾンが薄くなる可能性が高く、注意を怠らないでほしいという点だ。自分の肌に注意を払い、日焼け止めを塗った方がいい」。
ただしAWIのレックス氏によれば、低オゾン気団は常時移動するため、気団が到達した地域で紫外線量が増える状況は、数日程度で済むだろうという。
さらに同氏は、今冬のオゾン減少がモントリオール議定書の有効性に水を差すものではないとも語った。「人々はフロン類を駆逐されたと誤解し、モントリオール議定書はもう意味がないと考えるかもしれない。事実は違う。要はタイムスケールの問題だ。フロン類が大気から消滅するには相当な時間がかかる」。
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