そこには想像を絶する感動と興奮が待っていた。早大28―24トヨタ。揺れる秩父宮、止むことのない大歓声、とめどなく溢れる涙…。Theワセダラグビー。2006年2月12日、『佐々木組』はついに『伝説』への扉を開けた。
そのすべては偶然ではなく、必然…。「1年間ずっとこの日だけを見てやってきた」(主将・佐々木隆道)。対関東はもちろん、『佐々木組』のあらゆる判断基準は、「トップリーグに通用するのか、しないのか」。そして連覇を達成したあの夜、清宮監督から発せられた一言が、144人の想いをより強固なものにした。「俺は今季限りでワセダの監督を退くことを決めた。…。このチームは2月12日、歴史に残るゲームをします」―
歴史に残るゲーム…。そんな一世一代の試合で掲げられたゲームキーワードは、このチームを最も奮い立たせる言葉・『ワセダ』。小さな者が大きな相手にいかにして勝つか。創部以来歩んできた88年は、すなわち挑戦の歴史。「明日勝つことこそが、俺たちの存在意義だ。お前らそう思わないか」(清宮監督)。もちろん、主役の144人も同じ思いを共有していた。AもBもCもDも、そしてスタッフも、いつもこの言葉でひとつになれた。『俺たちはワセダ』…。スキッパー・佐々木隆道は代表してその思いを口にした。「明日はワセダにしかできないラグビーをしよう。勝つことで、必ず何かが見えてくるから」。
14:00、神風に乗って『伝説』へのキックオフ。そのファーストコンタクトで、ワセダの自信が確信に変わる。「最初のスクラムでいけると思った」(副将・青木佑輔)、「これ負けてるところないだろうって」(内橋徹)…。スクラム、ブレイクダウン、コンタクト、あらゆる局面でまったく問題なし。「五分だったらうちの勝ちですから」(主将・佐々木隆道)。あとはゲームキーワード『ワセダ』、周到に練り上げられたプランを、魂で遂行するだけだった。
7分、14分と、奇跡の男・五郎丸のPG。さらに23分には、『佐々木組』の強い結束を象徴するかのようなモールで加点(11−0!)。対トヨタ用に準備したディフェンスが裏目に出る場面(ちょっぴり判断を誤りました…)もあったものの、それを吹き飛ばす『キング』曽我部佳憲のスーパートライ(ジャパンへ一直線!)、『諸岡組』の想いを背負った内橋徹のインターセプト&ラン(いやらしさ全開?)で、『伝説』の扉のカギだけはしっかりと握り続けた。この65分までの完璧な展開は、すべて劇的なエンディングへの布石…。
そして4点差に迫られた残り15分。ここからが涙涙の『ワセダ劇場』、本当の幕開けだった。「世界のトヨタ」のプライドを懸けた突進、迫り来るゴールライン、いつ取られてもおかしくない窮地…。「もう本当に必死でした。みんなでトツしまくりです。ほんと、しんどかった…」(主将・佐々木隆道)。ひたすら繰り返される狂気のタックルと、魂のリムーブ。インゴールを背負い、横一線に構えるあの『伝統』のスタイル、あの大歓声がここに復活。明治でも慶應でも同志社でも関東でもなく、『俺たちはワセダ!』…。様々なものが移り変わる中でも、88年培ってきたワセダの『伝統』、赤黒にとってもっとも大切な『荒ぶる魂』は、『佐々木組』にもしっかりと受け継がれていた。骨折をおして戦い抜いた男・3名、フラフラになりながら無意識で刺さり続けた男・多数…。耐えに耐え迎えた歓喜のノーサイド。佐々木隆道の言った「ワセダにしかできないラグビー」、『ワセダアイデンティティ』は、最高の形で成就した。
「何かが見える」。そう語っていた男の目に映ったものは、それまで見たこともなかったような涙と笑顔のハーモニー。「自分たちだけはなくて、ワセダを応援してくれている人が、こんなにも笑って、こんなにも泣いてくれて、これ以上幸せなことはない。これはジャパンでもない、ワセダだからこそ味わえるものです」(主将・佐々木隆道)…。2006年2月12日、多くの証人の下『佐々木組』は『伝説』になった。
そして、興奮冷めやらぬ試合後のロッカールームには、清宮監督歓喜の雄叫びが響き渡る。「いやぁ、みなさん、やってしまいましたねぇ〜!!!、次もいくよ、次も〜!!!」。清宮克幸と佐々木隆道、そしてワセダ全員で成し遂げた、余りにできすぎの感動巨編。でも…、「ここがゴールなんかじゃない。まだみんなでラグビーができることが、嬉しくてしょうがないんです…」(主将・佐々木隆道)。ワセダ史上最も熱く、最も泣ける、マネのできない超大作。『佐々木組』夢物語は、まだまだ終わらない―
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