チャドです。最近は発音について研究しています。その結果、必ずしもネーティブの発音を目指さなくてもいいと思うようになったんですが、皆さんはどうでしょうかね?ブログの記事を載せさせていただきます。意見があると思いますが、聞かせてくれれば嬉しいです。まだ勉強中ですので。
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ネーティブ崇拝を脱出しよう: 「不完全」な発音でもいい理由
最近僕は英語の発音に興味があります。僕はネーティブスピーカーだから特に発音に苦労することはないけれど、僕の日本人の生徒や友達が苦労します。それが嫌ですから、なんか手伝えることがないか考えているのです。教師用の発音教科書を買って、少しずつ進んでいっています。
たくさん学んでいます。何人かの友達とスカイプでレッスンもしていますが、結構うまくいっていると思います。区別がつく”L” と“R”の発音を、一つのレッスンでも、友達が作れています。「ヴィ」ではなく、ちゃんとした“V” も作れています。
マスターしているわけではありません。もう完全に身についているわけでもありません。しかし、自分にもスムーズな英語の音が作れることを友達が実感しているかと思います。継続して練習すれば、英語の発音がどんどん楽になっていくのが僕の確信です。
このプロジェクトを始めた頃に、「日本人の発音をネーティブ(僕)の発音にしてみせるぜ」というのが、はっきり言って、目標でした。しかし、やっているうちに目標が変わってきました。
「無理だから」ではない。ネティブと全く同じ発音を習得するには相当の時間と努力が要るでしょうが、それでも「無理」ではありません。
実際意見が変わってきたのは「無理だから」ではなく、「不要だから」なのです。
「肉食系女子のアラフォー満喫ハワイ生活」という素晴らしいブログ(30歳以上の女性に特にオススメ)の作者と会話をしていたら 、彼女がとても面白いことを言ってくれました。「日本ではネーティブスピーカをあまりにも崇拝しすぎる風潮がある」と 。
考えてみたら、まさにその通りだと思いました。発音を改善する理由で全てが決まります。「ネーティブスピーカーに認めてもらう」*ことが目標なら、今すぐ変えたほうがいいと思います。
なぜなら、ネーティブスピーカーに認めてもらうことは不可能ですから。
「あれ?どういうこと?」と思っている人はいるかもしれませんが、繰り返します。ネーティブスピーカーには日本人の英語を認める権限も力もありません。
違う角度から見てみましょう。日本語が僕の第二言語です。しかし「第二」を重視しすぎてはいけません。ぼくの第二言語なのです。日本人に「日本語を話してもいいよ」と認めてもらう必要はありません。
とはいいつつ、もちろん僕に自由自在に日本語を勝手に使う権利もありません。自分で考え出した単語を適当な文法で組み合わせ、変な発音で出し、「はい、俺をわかって下さい!」と日本人に押し付けてしまえば、嫌われて当然です。日本語をすでに話している人が多いので、その人たちに「伝わる」日本語を喋る義務があります。「日本人と全く同じ」日本語を喋る義務は?
ない。
日本人がしゃべる英語が一緒です。なまりがあってもいいんじゃないですか。ニューズキャスターや俳優のような発音じゃなくてもいいんじゃないですか。
まるでネーティブのような発音を目指すなら、是非目指してください。決して悪い目標ではありません。しかし、必須でもありません。好みなのです。
必須なのは意味がかかっている音だと思います。話し手は意思が伝わるし、聞き手は楽。自他共栄って、まさにこういうことです(えっ、違うって?ごめん。ネーティブじゃないからね〜)。
結果でいうと、日本人には、誰にでも伝わる、誇りに思える発音ができるのです。ただ口の動きと空気の出し方を教わって、練習を重ねるだけなのです。それが僕の主張。
しかし、どこまで行くかは個人が決めることです。ハリウッドの映画に出たいですか?それなら厳しい訓練を受ける必要があるかもしれません。海外に行って通じる英語で会話がしたいですか?それなら、「L」と「R」の違いだけを抑えましょう。自分の目標にあったものでいい。
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